2023年3 月 3日 (金)
教員6,7年目 海外編 その2教員6,7年目 海外編 その2
研究テーマは二つ。一つは粘液mucinの遺伝子クローニング。もう一つは、漿液のマーカーであるlysozyme遺伝子のプロモーター解析。留学時は、前者を希望していたが、残念ながら後者のプロジェクトになった(しかし、後の幸運に繋がる)。当時の私は、遺伝子の扱いは完全な素人。一から、分子生物学の技術をマスターすることになった。大変お世話になったのが、Tom ManiatisがまとめたMolecular Cloning: A laboratory Manualと、Current Protocol.....の両バイブル。分厚い辞書のような原書を読み解き、技術の原理やトラブルシューティング法を学びながら研究がスタート。しかしながら、最初の最初に必要なlysozyme遺伝子のプロモーター180bpのサブクローニングがどうやっても上手くいかずに、米国滞在から半年間、データゼロという最悪の状態(毎週のラボミーティングでは、辛い状態)。そのため、当時のボスは、私のことを諦めてクビにすることを考えていた。その代わりに、しばらく、人手が欲しいという隣のラボのプロジェクトにも参画しながらこちらの実験も続けるようにという展開になった。隣のラボでは、極性を持たせた細胞培養系を用いて、タンパク質のBasal-apical transportの分子メカニズムを解明していた有名なラボであった。CellやNatureにも論文を発表していた。私の役割は、極性を持たせた細胞に一過性、かつ大量に遺伝子を導入する新たな技術の開発であった。私なりに工夫し、幸運なことに、ひと月ほどで、評価に耐えうるレベルの成果が出た。その後、私の技術を応用し、研究成果を出したラボメンバーがCellに論文を発表した。そのラボメンバーは、私も共著者にするようにボスに懇願したが、そのボスは技術だけなのでダメということで、初のCellは逃すことになった(論文中には、私が開発した技術であると記載してくれていた。形に残らない論文実績となった)。このタイミングで、なぜか、オリジナルのラボでやっていたプロモーターやエンハンサー配列のサブクローニングにも一気に成功し、本来のテーマが大きく進展し始めた(ただ、当時は、高感度のルシフェラーゼをまだ使えない時代)。その後、ボス達やラボメンバーからの私への評価が一気に上がっていった(帰国する際、そのままResearch Professorで残らないかと誘われるようにも)。米国の今では考えられないが、大学のラボに泊まり込んだり、土日関係なく実験していた(隣のラボのユダヤ系のポスドクもハードワーカーであった)。この留学時代の経験は、その後の私の研究の展開に大きな意味を持った。私が所属した海外ラボは研究費が潤沢ではなく、キットなどが自由に手に入らず、ligationバッファーなど全てを手作りしないといけない研究環境であったことが、帰国後の薬学部への分子生物学技術の導入においてメリットになった。もし、私が研究費が潤沢なラボにいたら、帰国後のラボでは、高価なキット購入は無理であり、故に、その後の分子生物学研究の展開はなかった。当時は、遺伝子配列の解析も放射性物質を用いていた時代である。手作りのゲル板で、1回の実験で読める塩基数は、200bp前後程度であった。。(今では考えられない)
帰国まであと半年くらいの頃、lysozyme遺伝子のプロモーター解析の結果、-50bp近辺のETS転写因子の結合部位が、漿液細胞に特異的な発現制御に重要である可能性に気づいた。当時、漿液細胞に、CFという遺伝性疾患の原因タンパク質CFTRが発現することがわかってきていたので、私は、運よく、CF遺伝子治療の国家的プロジェクトチームにも参画でき、この領域の最先端を知れるようになった(これが、帰国後のCFTR研究の立ち上げのきっかけとなった)。さらに、最初は、lysozyme遺伝子の研究テーマを日本で続けるつもりは全くなかった。しかし、帰国間際に、大学とアパートの通勤路の路上に、小さなマンホールの蓋があり、その表面のETSという文字があった。最初は、同じETSという文字だなくらいで、何とも思わなかったが、帰国日が近づき、何度も見ているうちに、この蓋の文字が私に何かを訴えているような気になっていった。そして、「これは、神のお告げかも」。そう信じてしまったことが、帰国後に、気道上皮細胞に発現するETS転写因子の研究テーマがスタートすることになった動機(笑)。帰国後に、実験に必要な分子生物学の装置などを少しずつ買い揃えながら、少ない研究費でもETS研究をスタートできたのは、研究費が潤沢ではない研究環境だったから。そして、帰国後に、新たなETS転写因子の遺伝子クローニングに成功し、論文発表に。熊薬でクローニングした直後は、TEP2 :tracheal ets-erlated protein 2と命名していたが、何とそのタイミングで、海外から論文発表され、血液細胞系で発見していたMEFと配列が同じことが判明。以降、我々もMEFという名称を使用。実は、もう一つTEP候補があったので、2番目でTEP2。