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2012年9 月27日 (木)

親世代の肝障害が子孫の肝障害を軽減する

親世代の肝障害が子孫の肝障害を軽減する

Nature Med. 9月号から、Jyuriaが紹介。肝障害を起こしたラットの精子を介してエピジェネティックな伝搬が起こり、子孫のラットに起こした肝障害の程度が軽減されるということを明らかにした論文。これが本当であったら大変面白い。胆管結紮の障害モデルも少しはデータがあるが、基本的にはCCl4障害モデルを用いている。CCl4の精子に対する影響はないのか気になる。肝障害を受けた特定の細胞から可溶性因子が血液を介して、精子のエピジェネティックな変化を起こすという。この論文の信憑性については今後の研究に期待したい。

 

初めて進化論の本格的な体系を著した、生物学の祖である、ジャン・バチスト・ピエール・アントワーヌ・ド・モネ・ド・ラマルク(1744-1829)が、著書「動物哲学」の中で、「獲得物の(保存)転移」を、自然の法則 第一法則として、

 
「発達の限界を越えていないすべての動物において、ある器官のいっそうひんぱんで持続的な使用は、この器官をすこしずつ強化し、発達させ、大きくし、そして、これに使用の期間に比例した威力を付与する。他方、しかじかの器官を常に使用しないと、この器官は知らぬうちに弱まり、役に立たなくなり、しだいに能力を減じて、ついに消滅するにいたる。」

と定義しています。このラマルクの「獲得物の(保存)転移」という言葉は、「およそ獲得形質の遺伝のないところに、進化はありえない」「獲得形質の遺伝こそ、生物進化の大前提」とも解釈され、今回の論文は、進化に関わるメカニズムの一端を証明したという意味で大変意義があるかもしれないようです。進化を突然変異と淘汰だけで説明するだけでは不十分で、獲得形質の遺伝も関わっているのではという話。

 

OBのSeki博士から素晴らしいコメント頂きました。そのまま掲載します。

最近、環境の変化(食生活、ストレス)が形質を変化させ、その変化が世代を超えて遺伝する例が数多く報告されています。エピジェネ業界では1つの大きなトレンドになっていると思います。環境変化が形質を変え、さらに遺伝するという考え方は大昔、進化論で大きな論争を巻き起こしました。1800年くらいにラマルクが、進化論において「用不用説」を唱えました。よく使う器官が発達し、また使わない器官は退化する。さらにその形質の変化が遺伝し、定着することで生物は進化するという説(ラマルクの獲得形質)です。キリンは高いもの食べることで、首が長くなったみたいな考えです。ラマルクのこの説は、ワイスマンによって強烈に批判されました。ワイスマンは、形質の遺伝は生殖細胞を通してのみ起こるという生殖質説を唱えたひとです。(僕らの業界ではヒーローです)彼は、ある器官が新しい形質を獲得したことを、生殖細胞に伝搬することができないと主張しました。マウスの尻尾を何世代にわたって切り続けても産まれてくるマウスには尻尾があるので、獲得形質は遺伝しないと主張したかなりクレージーな人です。結局、進化論の今の定説は、ダーウィンのランダム(中立)な変異が起こり、選択圧で有利な形質だけが生き残るとなります。このような、ラマルクの獲得形質には歴史があり、環境で形質が変化し、それが遺伝するという考え方は長年タブーとなっていました。しかし近年、環境で変化するエピジェネティックな修飾の実体が解明され、環境はエピジェネテッィクな修飾を変化させ、さらに世代を超えて遺伝することが分子レベルで分かってきて、ラマルクの獲得形質が見直され始めています。(ネオ・ラマルキズム)

 今回の論文では、獲得形質が起こり、さらにその形質の変化が血液を介して生殖細胞に伝えられ遺伝する。とまさにラマルクの獲得形質が起こっていることを主張しているインパクトの高い論文だと思います。特に血液を介して精子に伝わる可能性を示したのは、この業界では初めてではないでしょうか。僕個人として解せないのは、adaptationという言葉です。論文の書き方的にも、肝障害受けたことが記憶され、適応が起こったと書かれています。本当に、肝障害に対する適応が「積極的」に起こったのかどうかが1つの疑問点です。肝障害で引き起こされたエピジェネティックな変化が「偶然」次世代の肝障害への適応を誘導した可能性はないのか。今回は、研究の方向性に合ったパラメーターだけ見ていますが、おそらく肝障害以外に関わるエピジェネティックな変化が起こっていて、遺伝していると考えられます。今後の議論としては、獲得形質に生物にとって有利な「方向性」が存在するのか、それともやはりランダムに起こるのか、この点になりますかね。もし、方向性があるとしたら非常に魅力的ですが。ながながとなってしまいましたが、感想です。ちなみに僕らがやっている研究は、生殖細胞でこのようなエピゲノム変異を消去する機構の解明です。遺伝する親の記憶と、遺伝しない親の記憶が生殖細胞の忘却システムによって決まるって結構魅力的ですよね。」

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