PAGE TOP

2015年1 月29日 (木)

江戸末期の蘭学医・緒方洪庵の12ヶ条の訓戒

江戸末期の蘭学医・緒方洪庵の12ヶ条の訓戒

この12ヶ条の「医」を「医師」と読むのが一般的であるが、様々な医療関係者も含めて解釈されたりしている。この「医」を「生命科学」「創薬科学」の研究者(企業も)も含める必要があるように思う。医療をビジネスのひとつとして考えると、議論の相手次第では、時に、本来の目的を見失った議論になってしまう。学生や研究者達も、この12ヶ条の第1条を、基本理念「医の倫理」として、常に忘れないようにすべきであろう。そうすれば、様々な不正問題は起こらなくなるのであろう。

 

この第1条を分かりやすく書き換えれば

「医療に関わる職業人(研究者を含む)が、この世の中に存在しているのは、ひとえに人のためであり、自分自身のためではない。安定して暮らそうと思うな。有名になろうと思うな。利益を得ようとするな。ただ自分を捨て、人を救うことだけを考えよ。人の命を守り、人の病気を治し、人の苦しみを和らげることの他に何が目的になろうか」

 

となろう。今一度、この原点を意識しよう。緒方洪庵の教え子達が如何に素晴らしいかを調べてみるのも良い。医学部や薬学部の志望動機の本音が、「医師や薬剤師の資格がとれて、安定した生活が送れるから」では、医療に関わってはまずいだろう。将来、必ずやどこかにひずみが生じる。現在、地方での医師不足問題や夜勤が無い診療科への希望者が多いことによる専門医の偏在問題も、根底には、ここに原因があると思う。医療系の大学人の全員が、この「医の倫理」をひとときも忘れずに教育にあたることが必要である。大学受験の対策と同様な、国家試験合格のための学部教育になってしまったら、大学ではなく、それは受験予備校である。日々の忙しさで、忘れてしまわないようにしないといけない。

 

 

扶氏医戒之略

一、医の世に生活するは人の為のみ、おのれがためにあらずということを其業の本旨とす。安逸を思はず、名利を顧みず、唯おのれをすてて人を救はんことを希ふべし。人の生命を保全し、人の疾病を復治し、人の患苦を寛解するの外他事あるものにあらず。

一、病者に対しては唯病者を見るべし。貴賤貧富を顧ることなかれ。長者一握の黄金を以て貧士双眼の感涙に比するに、其心に得るところ如何ぞや。深く之を思ふべし。

一、其術を行ふに当ては病者を以て正鵠とすべし。決して弓矢となすことなかれ。固執に僻せず、漫試を好まず、謹慎して、眇看細密ならんことをおもふべし。

一、学術を研精するの外、尚言行に意を用いて病者に信任せられんことを求むべし。然りといへども、時様の服飾を用ひ、詭誕の奇説を唱へて、聞達を求むるは大に恥るところなり。

一、毎日夜間に方て更に昼間の病按を再考し、詳に筆記するを課定とすべし。積て一書を成せば、自己の為にも病者のためにも広大の裨益あり。

一、病者を訪ふは、疎漏の数診に足を労せんより、寧一診に心を労して細密ならんことを要す。然れども自尊大にして屡々診察することを欲せざるは甚だ悪むべきなり。

一、不治の病者も仍其患苦を寛解し、其生命を保全せんことを求むるは、医の職務なり。棄てて省みざるは人道に反す。たとひ救ふこと能はざるも、之を慰するは仁術なり。片時も其命を延べんことを思ふべし。決して其不起を告ぐべからず。言語容姿みな意を用ひて、之を悟らしむることなかれ。

一、病者の費用少なからんことを思ふべし。命を与ふとも、其命を繋ぐの資を奪はば、亦何の益かあらん。貧民に於ては茲に斟酌なくんばあらず。

一、世間に対して衆人の好意を得んことを要すべし。学術卓絶すとも、言行厳格なりとも、斎民の信を得ざれば、其徳を施すによしなし。周く俗情に通ぜざるべからず。殊に医は人の身命を依托し、赤裸を露呈し、最密の禁秘をも白し、最辱の懺悔をも状せざること能はざる所なり。常に篤実温厚を旨として、多言ならず、沈黙ならんことを主とすべし。博徒、酒客、好色、貪利の名なからんことは素より論を俟ず。

一、同業の人に対しては之を敬し、之を愛すべし。たとひしかること能はざるも、勉めて忍ばんことを要すべし。決して他医を議することなかれ。人の短をいうは、聖賢の堅く戒むる所なり。彼が過を挙ぐるは、小人の凶徳なり。人は唯一朝の過を議せられて、おのれ生涯の徳を損す。其徳失如何ぞや。各医自家の流有て、又自得の法あり。漫に之を論ずべからず。老医は敬重すべし。少輩は親愛すべし。人もし前医の得失を問ふことあらば、勉めて之を得に帰すべく、其治法の当否は現病を認めざるに辞すべし。

一、治療の商議は会同少なからんことを要す。多きも三人に過ぐべからず。殊によく其人を択ぶべし。只管病者の安全を意として、他事を顧みず、決して争議に及ぶことなかれ。

一、病者曽て依托せる医を舎て、窃に他医に商ることありとも、漫りに其謀に与かるべからず。先其医に告げて、其説を聞くにあらざれば、従事することなかれ。然りといへども、実に其誤治なることを知て、之を外視するは亦医の任にあらず。殊に危険の病に在ては遅疑することあることなかれ。


 右件十二章は扶氏遺訓巻末に附する所の医戒の大要を抄訳せるなり。書して二三子に示し、亦以て自警と云爾。


     安政丁巳春正月
                             公 裁 誌

ご意見メール
clear_both